MUSKAのメモ帳

倉庫のようなものです。記事は消えることがあります。

温暖化で生き残れる地域は少ない&炭酸水 廃墟マニアのフランス人 ほか

 

200便が欠航のミュンヘン空港。 

 

www.alterna.co.jp

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引用

公園入口でパリの水のパンフレットと紙コップを配っていたパリ市職員のファニー・コップさんは「春夏の土日に飲水機の近くで宣伝している。パリの水の良さを知ってほしい」と話した。パンフレットには「パリ市の水は包装なしで家庭に届けられます。水道水を飲むことは、一世帯が出す年間7キロの水の包材ゴミを削減することになります!」とある。

職場などの飲水機に併置されるプラスチックコップにも言及し、「フランスでは毎秒150個のプラスチックコップがゴミになっています。水筒、水差し、コップを持ってきてください」と訴えている。

フランスは世界一のボトル入り水の生産国で、毎秒190本を販売しているが、PETを含むすべてのプラスチックボトル(洗剤容器など)のリサイクル率は6割にすぎない。

 

アムスの夜はちょっと注意が必要かも。  

  日本では起こりえないな。望月さんはいつも無視されるもの。

  よかったな、タミミさん釈放!

 マクロンは恥 MACRHONTE おもしろい

 

★岡本さんのサイトhttp://okainaimage.com/

 

トトロ30周年 

↑このかた、有名な廃墟マニアのJordy Meowさん

詳しい紹介(インタビュー)

Portrait de passionné : le Japon secret de Jordy Meow

japonsecret.fr

↑ブログ

www.instagram.com

インスタグラム

photos.meow.fr

 Twitterも。

このスレッドについているコメントに「直島の 大竹伸朗作品を連想させる」とある。

ああ、そうそう。これだね。

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はいしゃ(家プロジェクト) | 直島の観光スポット・アート「せとうちの島々」

一度じっくり作品群を見てみたいな。

 

4度気温が上がった世界 日本は住めない地域。

 

北米とロシア、ヨーロッパの北だけ、ベルギーやオランダは水没してしまうのか。

mymodernmet.com

https://mymodernmet.com/wp/wp-content/uploads/2018/02/climate-change-map.jpeg


世界中で赤い月

今度乗ってみたい。(前にも書いたがどこかわからない) 

www.portfolio.nl

 

西日本豪雨についてのオランダ紙の記事(Kjeld Duits 26 juli 2018)

www.nrc.nl

広島県呉市安浦町市原地区のルポ。

犠牲者の四分の三は60歳以上の高齢者だった。

わかりやすく地図・グラフをつけている。

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 ゆゆしい事態 土台にあるのは狂気?

diamond.jp

引用

 太平洋戦争中の「バターン死の行進」である。

 フィリピン進行作戦をおこなっていた旧日本軍が、投降した米軍兵士たちをバターンからオードネルというところまでおよそ100キロ、歩かせた行軍のことである。

 その過程や捕虜収容所で、米軍兵士に多くの死亡者が出たことから、旧日本軍の「捕虜虐待」として戦後に裁かれ、責任者だった本間雅晴中将は処刑されている。

 おいおい、現代日本熱中症死と、70年以上前の戦争中の出来事を一緒にするなよと思うかもしれないが、実は両者の正当性を巡る論争というのは、驚くほど似ている。というか、丸かぶりだ。

 この「バターン死の行進」は、アメリカ人からすれば今も許せぬ非道な「虐待」だが、日本の愛国心溢れる方たちからすれば、「米軍捕虜のわがまま」「戦争に勝った後に日本を不当に貶めるための言いがかり」ということになっている。

・・・

 一方、太平洋戦争時、既にアメリカは車社会だった。普段から長時間歩く習慣のないアメリカ人たち、しかもジャングルで戦闘を繰り広げて体力が落ちている彼らに、「犠牲者折り込み済み」のハードな行軍を基準として少しばかり優しくしても、「虐待」としか受け取られないというわけだ。

 このすれ違いは、熱中症死を引き起こす大人たちにも見られる。彼らがこれまで受けてきた教育は、「暑い日は外に出ない」なんて生やさしいものではない。「炎天下のなかで体を鍛える」ためには、「1割や2割が倒れるのも想定内」というものだ。

・・・

「重傷も癒す精神力 戦場の将兵は科学を超越する」(読売新聞1940年12月28日)なんて記事からもわかるように、「精神力」を鍛えれば、どんなに体をいじめても問題なし、という考えにとらわれていたのである。

 これが教育現場に持ち込まれ、今だに綿々と息づいているのが、部活動であり、甲子園である。「動じぬ精神力・打ち勝つ野球… 打倒私立へ、都立の意地」(朝日新聞デジタル×ABCテレビ 2017年7月8日)なんて見出しからもわかるように、スポーツ科学が発達した今もなお、高校球児たちは、旧日本軍的な「精神力があれば何でも乗り切れる」という「根性指導」を強いられている。・・・